日々の身繕いでイツノマニカ体内に生成される毛玉のハナシ


by neko-dama
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『ほとんど無害』読んだ。

『ほとんど無害』

原題:"Mostly Harmless"
著者:ダグラス・アダムスDouglas Adams 安原和見・訳
河出文庫 初版印刷2006年8月10日 (初版発行2006年8月20日)

1作目の感想⇒『銀河ヒッチハイク・ガイド』読んだ。
2作目の感想⇒『宇宙の果てのレストラン』読んだ。
3作目の感想⇒『宇宙クリケット大戦争』読んだ。
4作目の感想⇒『さようなら、いままで魚をありがとう』読んだ。

 ついにシリーズ最終巻を読了してしまった。年内に読むと断言したとおり、ちょうど大晦日の夕方にギリチョン読了でしたよ。なかなか読み進めなかった理由は、最終巻の勿体無さだけではなく、全体的に暗いムードだから。もう悲壮感漂ってるわけ。前作があんなに感動的に幕を閉じたのに、なんだろうこの圧倒的な虚無感は。

 本作ラストは、シリーズ全体が丸く収まった、というか、収まるべきところに収まった感じで唸りました。感嘆。それでいてやっぱりいや増す虚無感。今までも虚無感というのは1本筋が通っていたけれど、このラストの虚無感はレベルが違うのだ。ぶっちゃけ、驚いたわ。

 とはいえ、勿論笑い部分もしっかりあるんです。冒頭から「カチッ、ブーン」という言葉だけで笑っちゃいましたお。それに相変わらず、かみ合わないトンチンカン会話の繰り返しにも大笑い。トリリアンとホテルの受付のやり取りが秀逸過ぎました。それにやけに地球的な異星人とか。フォードのひとりドタバタとか。

 ただ、5作目にして最終巻のこの物語には憂鬱ロボのマービンが出てこない。二つの頭も持つ男ゼイフォードもほとんど出てこない。そして前作でラヴラヴ状態になったフェンチャーチも登場しない。そのあたりが寂しい。最終巻なのにさ。

 読んでいる間中、4巻での出来事は一体なんだったのよ?とわけがわかりませんでした。イルカたちが置き換えた地球のことはどうなったのだ?そこらへんにどうもムズムズと違和感を覚えて落ち着かない。

 宇宙は「ありとあらゆる全般的ぐちゃぐちゃ」であって、見え方は観る者次第だ、とパラレル・ユニバースな説明はされるけれど。でも私たちが知っているアーサーやトリリアンが「地球はもうない」というのは何故なのか?破壊されたことになっているのはどういうことだ?それに、フェンチャーチが存在してはいけなかった必然性もないように思う。4巻での出来事を否定しているように感じたよ。 

 これで「ほとんど無害」の言葉で表される惑星・地球の物語は終わった。ラストでアーサーとフォードが向かう運命の場所は「42号のとこ」。人生、宇宙、すべての答え=42なのだ。それは、いまや誰でも得ることの出来る答え。グーグル先生に「人生、宇宙、すべての答え」もしくは「生命、宇宙、その他もろもろの回答」をきいてみると、一瞬で「42」と答えてくれる。
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by neko-dama | 2009-01-06 02:24 | 猫の図書館/美術館