日々の身繕いでイツノマニカ体内に生成される毛玉のハナシ


by neko-dama
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喘息の英雄。

エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナは、1928年6月14日アルゼンチンのサンタ・フェ州で生まれた。
後にチェ・ゲバラとして世界に知られる男である。

(チェとは、メキシコで生活していた頃についたあだ名。アルゼンチン人特有の「やぁ」みたいな間投詞「チェ」が彼の口癖だったため。)

ゲバラは2歳のとき、肺炎にかかったのをきっかけに重度の喘息が始まった。
発作のたびに体が衰弱するほどで、部屋に閉じ込められ外の世界を知らなかった。
虚弱体質で読書ばかりしていた子供が、「どうせ喘息が治らないなら、好きにさせてやろう」との母の言葉に、変身した。
ゲバラは水泳・サッカーといった激しいスポーツを好み、体力のあるがっしりした少年に成長した。

ゲバラは言わずと知れた共産主義ゲリラであり、キューバ革命の英雄である。
しかし、革命家である前には医師であった。
キューバ島上陸の際にグランマ号に乗り込んだときも医師としてであった。
彼は、なんとこの時、自分の喘息の薬の入った箱を積み忘れてしまい、上陸後毎晩のように喘息の発作を起こしていたという。

『チェ・ゲバラ -革命を生きる』ジャン・コルミエ著を読むと、彼の純粋な情熱が痛いほど突き刺さる。
搾取される労働者を見て、怒り悲しむだけでなく、解放運動を行った。
そしてその恵まれた容姿と、類稀なるカリスマ性は、ゲリラの指導者としていかんなく発揮された。
キューバ(のみならず南)を搾取するU.S.を憎悪し、帝国主義に迎合するソ連にも背を向けた。
まさに孤高の革命家であった。

思考するために行動し、行動するために思考する。
私達はそのように生きなければならないのだろう。
理想に生き、理想を現実にするために行動した彼の存在を知ることで、
私達は理想を新たにし、勇気の火を再び灯すことができるのだ。

ゲバラは1967年10月8日ボリビアのチューロ渓谷で命運が尽きた。
政府軍に、絶望的なまでに包囲され、そして捕らえられた。
その翌日10月9日、10:30頃、処刑命令が届いた。午後、銃殺。享年39歳。

苦しくも輝きに満ちた、彼の軌跡。アルゼンチン人でありながらキューバ革命の立役者。
喘息の英雄は、いつまでも私達の心の中に生きている。





この記事が100個目の記事となりました。
自分にとってはちょっとした感慨が。
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by neko-dama | 2005-05-10 21:20 | 猫の図書館/美術館