日々の身繕いでイツノマニカ体内に生成される毛玉のハナシ


by neko-dama
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茶トラの記憶。

Pの脳には、幼少の記憶が保存されていない。
小学1年生の秋あたりから、Pの人生は始まっている。
その時点からなら、いくつかの断片的な記憶が、しっかりとアル。
しかし、それも曖昧模糊と霧の中、明確な記憶は3年生あたりから増え始める。

小学校1年生。
その頃に両親が離婚した。
それまでのことは全く記憶が存在しない。
アルバム写真を見ても、母の話を聞いても、どこか別世界の気がする。

そこから、小さいPは生きながらに死んでいる子供ライフを送った。
食べ物を口にしない。
食事ができない。
弱っていく。
原因はわからない。
そうやって、4年生からは養護施設に預けられた。

今なら原因は明らかだが、それはどうしようもなかった。
母と父の結婚には、黒々とまごう事なきピリオドが打たれたのだから。

Pは小1の秋から養護施設に入るまで、母と兄と3人で暮らすことになった。
いや、正確にはもうひとり住んでいたが、家族ではなかった。

その居住空間に、ネコの姿があったのを覚えている。

そのネコがいつから家にいたのか、いつまで家に暮らしてたのか、記憶がない。
ミーコという名前の茶トラだった。
Pの記憶の最初のネコは、このミーコ。茶トラの大きなネコ。
Pとミーコがどんな関係だったのか、それもほとんど記憶にない。
ただ、Pが風呂場にいるとミーコはガラス戸のところにきて
遠吠えのようなことをして、中に入れてほしそうにイツマデモそこにいた。
その鳴き声を妙に覚えている。

ミーコがいつ家出をして帰らぬネコになったのか、たぶん母に訊けばわかるだろう。
でも訊かない。
茶トラのミーコは、いつまでも記憶の最初にいるネコだから。
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by neko-dama | 2005-06-18 20:30 | 猫じゃらし