日々の身繕いでイツノマニカ体内に生成される毛玉のハナシ


by neko-dama
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逃亡。

私がまだ、20代半ばの頃。
外資系映画館で働いていた頃、英語の勉強が必要だ、と思った。

お金はないし、どうしよう。

そんなとき、ワーキング・ホリデー・ビザのことを知った。





そこからは、あまり考えなかった。
もう、仕事で必要とかソンナコトも関係なくなってきて、
とにかく英語圏での生活がしたかった。

そして、たぶん、現状から逃げ出したかった。

当時のダーリンは、自営業の実家が倒産してまだ1年くらい。
倒産する少し前あたりから、私は2人の関係に終りを感じていた。
恋人というよりも、同士、姉弟のような関係だったことに、
居心地の悪さを感じていたからだ。

今となっては、それは若さゆえの過ちだったな、と思うのだが。

でも、実家の倒産で、長男として両親を支え、いろいろ大変な時期に
別れ話など切り出せなかった。

落ち着いてきた頃合いに、恋人関係の解消を話し合った。
彼はなかなか理解できず、私もわかってもらうまで待とうと思った。

そうして何箇月か経った頃、ワーホリに行きたい意向を伝えたり、
具体的な予定を考え始めたことも彼に伝えた。
彼の中で、徐々に『別れる』ということが形をもってきた。
「最近、Pちゃんの言ってることがわかってきた。」
そう言って、お別れを承諾してくれた。

1年間、ニュージーランドに行ってくる。

応援してる、ガンバレ。
辛くなったら戻っておいで。待ってるから。

この時点で、恋人関係の解消はしていたけれど、
お互いが大切な存在なのは変わりがない事実だった。

物理的に離れることで、本当に『別れる』ことができるだろう。
そして、彼のことや仕事のことや、家のこと・・・生活全体への飽和感が、
一度すべてを捨てることで、解消できる気がした。

あのとき、私は、逃げた。
人生のすべてから。

それでも、それはハッキリ期限付きの逃亡だった。
1年間、逃げて。
そして何が変わっただろうか。

自分というのは、思うほど変化しないものだ。
離れてみて、周りにいたヒトの大切さを実感した。
私は、その頃ようやく、友を大事にすることを学んだのだと思う。

なんの手がかりもなく知らない土地で生活を始めて、
キウイの国の人の優しさに触れ、
いろんなことを楽しみ、悲しみ、笑って、泣いて、怒って。

私は、あの時すべてから逃げ出したことを後悔はしていない。

人生は簡単にリセットできるものではない。
それなのに、なんとなく変化を望んだり、日常が壊れてほしいと思ったりする人は多い。
そう思うなら、まずは他力本願をやめて、自分で自分の日常を壊せばいい。

誰かが、壊してくれるものじゃないから。
ひな鳥が生まれるときのように、自分で、内側から殻を破らなくちゃ。
少なくとも、ノックしなければ、誰も助けてくれない。

逃げるなら、逃げろ。
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by neko-dama | 2006-03-03 13:23 | 猫的哲学