日々の身繕いでイツノマニカ体内に生成される毛玉のハナシ


by neko-dama
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野良猫考。

猫は動物である。

が、野生動物ではない。
今、家で飼われている猫や野良猫は、イエネコという種(ヤマネコの亜種)であって、
野生動物であるヤマネコとは違う。

野良猫も、人に依存して生きている。
(まったく人を必要としない野猫(ノネコ)もいるが、それは別の話だ)
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イエネコ、家猫。

でも、家がないのが野良猫。

私は野良猫が好きだ。
散歩の途中に野良猫を見かけなくなったら、楽しくないだろうと思う。
厳しい条件下で生きている野良猫が、
可愛がってくれるヒトと交流している場面を見ると、とても心が和む。

じゃあ、野良猫本人はどうなんだろう?
捨てられたのか、元からストリートで生まれ育ったのかはワカラナイけれど。
野良猫は不幸なのだろうか?
それとも、幸せなのだろうか?

食べ物をくれるヒトがいて、寒さを凌げる場所があって、雨や雪の日に濡れなくてすむ場所が
確保できていれば、幸せなのかもしれない。
なかなか、寒くない場所を探すのは大変だろうけども。

野良猫はヒトに依存している。
ヒトの優しさに依存しなければ生きていけない。
だから優しくして欲しい。

猫とヒトはお互いに迷惑をかけあって生きている。
野良猫に迷惑してるヒト、ヒトに迷惑をかけれらている野良猫。
反面、お互いに依存して生きている。
猫を愛するヒトにとっては、野良猫と仲良くなることは本当に嬉しいし心が明るくなる。
猫は、そういうヒトに食べ物をもらったり、時には怪我を治療してもらったりする。

野良猫という存在は、在ってはならないものという意見も聞くことがある。
飼猫以外は認めない、ということだろうか?
確かに、野良猫=捨てられた猫だとしたら、猫を捨てるヒトがダメなんであって、
捨てたりしないで、他のヒトに譲ったりして解決するべきなんだろうと思う。

その子孫である、ストリート生まれの猫たちは、元々ニンゲンに飼われる状態を知らない。
いわば生粋の野良猫である。
捨てられる猫が増えるのは望むところではないが、でも、野良猫を否定したくもない。

捨てられたにしても、そうでないにしても、私には野良猫という存在がありがたい。
猫と共に住める環境にない現在、野良猫を見て楽しむしかないこともあるが。
なにより、野良猫がいない社会になんてなったら、なんだか人間味まで薄れそうだ。
野良猫とヒトの、暖かい交流場面がなくなったら。
野良猫が安心してポクポク歩いていられる社会がずっと続けば良いな、と思う。

大昔に、ヒトは猫にアプローチし、共生を望んだ。
望んだとおりに、イエネコが出来上がった。
イエネコとして野生から脱却させられた猫たちは、不幸なのかどうか。
ヒトは責任をもって、イエネコを養わなければならない。
野良猫であろうとも。

野良猫も飼猫も、同じイエネコだ。
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by neko-dama | 2006-07-11 12:21 | 猫的哲学