日々の身繕いでイツノマニカ体内に生成される毛玉のハナシ


by neko-dama
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Make up, Dress upため息ついて。

実家を出るとき、家電やらなにやら一式揃えた。
必需品リストには「新しいドレッサー」。

実家、と言っても、兄との二人暮らしだったが。
ほとんど接点のない、ただひとつ屋根の下に寝起きしているだけの兄妹暮らし。

母はナンというか、若い頃はトンでる女だったという。
確かに昔の写真はえらい美人さんだし、派手な雰囲気。
モデルや女優のはしくれだった時期もあった。
結婚して子供ができて、それは落ち着いたのだろうけど。
でも父の甲斐性のなさに諦めまじりに離婚した。

「ヒトは良いんだけどねぇ。実際問題、暮らしていけなかった。」

稼ぎがないってわけでなく、設計士として大金を稼いでいたのにお金は右から左だった。
まさに湯水。
友人にピアノを買ってあげたりとかね。
そんなんだから、借金とか不払いとかで追いかけられたりして。

そうして離婚して、働き始めた。
私が小学校1年生のときには離婚が成立していた。
その頃の記憶は、ほとんどない。
私の記憶は小学校3年ぐらいから、やっと朧に輪郭が見える程度。

まずは保険の外交員として成功した。
明るくて、美人で、話もうまい。頭も良い。そのうちに中間管理職にもなった。
ちょうど世の中はバブルの夢の中。
難しいと言われた大口の契約もこなした。
(でもその成功は上司に横取りされて、報償金も評判も上司が独り占め。泣いていた。)

きっちり稼げるようになるまでは、夜はホステスをしていた。
昼も夜も働いて、私たち子供はほったらかし。
でも私たちはそれで納得していた。生きていくために。

まぁ、そんな母ですが。
「オンナとして生まれたからにはオンナらしく」
というポリシーがあるようでして。
娘である私にも、オンナらしくね、綺麗にしてなさいね、と小さい頃から言い続けた。

その結果。
私は極端に、着飾ることを恥ずかしがる娘になった。
どのぐらい極端かっっていうと、中学生の頃は髪を束ねるのも恥ずかしかった。
ボサボサのまま家を出て、登校途中に鏡もなしに邪魔な前髪を結んでいた。
そりゃぁみっともないチャ~ンみたいな髪型でいた。
母の前で鏡を見るのも、髪を弄るのも恥ずかしくて出来なかった故だ。
たぶん、大げさな反応をされるのがイヤだったのだろうと思う。

小学校時代は男の子とばかり遊んで、空き地に秘密基地を作ったり、線路わきの叢探検隊だのやっていた。
兄ともよく公園や近所のガソリンスタンドで遊んでいた。

およそオンナらしくなかった。

それでも中学生にあがると、なんとなく男子vs女子みたいな構図があって。
男子と遊ぶことはなくなった。

中学2年で転校してからは、少し身だしなみに気を使うようになった。
母が留守がちだったせいもあるし、
引越した新しいマンションでは自分の部屋がもらえたってことも大きかったのだろう。

高校1年のときだったと思う。
私の部屋に、小さな白い安っぽいドレッサーが出現したのは。
ドレッサー。鏡台。

「あんたももう年頃だから。オンナの必需品よ。」
と言いながら母はニコニコしていた。

母には母のドレッサーがある。
三面鏡で、3段引き出しがついた、大きくて、白を基調に渋い木目の枠がついた、素敵なドレッサー。
金具は凝った意匠で、年季の入った良い色をしていた。
引き出しの取っ手が壊れているけど、それでも気に入ってずっと一緒に過ごしてきたソレ。
なんでも結婚した当初に買ってもらったモノらしく、7,8回の引越しにもかかわらず大事に使っている。今でも。

そんな成り行きで、私専用のドレッサーがあった。
10年ほど使ったろうか。
化粧合板なので端々が剥がれて、そこをビニールテープを巻いて補強してあった。
でも、実家を出るにあたって新調を決めた。

なんでそんなにドレッサーが必要なの?別にいらなくね?
と友達に言われたこともあって、その時初めて、あぁそうか、いらないんだって思った。
思ったけど、ドレッサーがある部屋というのがアタリマエだった私にとっては、
ないと落ち着かないのだ。

母の立派なドレッサーほどではなくても、気に入るものが欲しかった。
とはいえ、何かと物入りな一人暮らし準備期間。
あんまり高価なものには手が出ない。
安くて丈夫そうなもので、やわらかいデザインのものを買った。

「オンナの必需品」
と母は言ったけど。
ドレッサーに座る時間なんて1日15分ぐらいなのに。
鏡を見るだけなら洗面所に行けばいいのに。
それでも、母の教育のせいなのか、私にとっても必需品となってしまった。
引き出しの中には、オンナがたくさん詰まっている。

「オンナなんだから、綺麗にしていなくては。」
そう言っていた母も、今年62歳。
そして今でも、そう言っている。

母のドレッサーは、母の分身でもあるように思う。
毎日姿を映してきた。
若くて美しかった頃から老いてやわらかくなった今日までずっと。
たぶん明日からもずっと。そのときが来るまで、一緒なのだろう。
それは、父への思いでもあるのではないか。
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by neko-dama | 2008-05-21 13:57 | 猫的哲学