日々の身繕いでイツノマニカ体内に生成される毛玉のハナシ


by neko-dama
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キウイな日々。

そういえば、この毛玉ブログを書き始めたとき、ニュージーランドのこともたくさん書くつもりでいた。
そのためのカテゴリーがキウイなんですけども。

プリンタを持ってなかったので、PC買ったときのポイント使ってフィルムスキャナー付きのを買ったのがちょうど2年前
ところが、私のPCダイナくんは、このプリンタと相性が悪かったみたいで通信エラー。
インストしなおしても、何をしても繋がらなかった。
ごくたまに繋がる。10回に1回ぐらい。そしてそれはほんの数分。
同居人のPCはまったく問題なく繋がるので、私のダイナくんが悪いことは確定。

そんなわけで、かの国で撮った写真も取り込めず。
(当時は銀塩使ってた。ペンタックスのコンパクト)

何よりももう今は昔のこと故に、かの国での話を書くことは少ない。
今日懐かしく思い出しながらダラダラ書こうと思う。
でも写真はないからね。





私がかの国に滞在していたのは1999年11月~2000年11月の1年間。
短い滞在だったけど、帰りたくないぐらい楽しかった。
(金プロブレムでギリギリだったから帰らざるをえなかったのですがね)

ニュージーランド(以下NZ)は北島と南島からなる島国。
私はほとんどを北島(ノースアイランド三郎、と呼んでいた)で過ごした。
南は旅行で少しまわったけれど、氷河のほうには行けなかったのが惜しかったな。

NZについて、何が一番印象に残ったか、とよく訊かれる。
迷わずに

「空!」

と答えていた。
キウイの国の空は、高くて青くて澄んでいた。
現地の言葉で「アオテアロア」(白い雲のたなびくところ=NZ)とはよく言ったもの。

まぁ一番印象に残ったことなんて、そんな答え方しかできないってのもある。
何もかもが違うし、でもそれが徐々に日常になっていく感覚は素敵だった。
単なる旅行とは、そこが違う。
外部から観察するのではなく、その中に入りこみ、受け入れてもらわないといけない。

私の場合は単身、ポイっと勢い任せに行ってみたので、知人がいたわけでもなく英語が喋れたわけでもなく、なんのアテもなかった。

まぁ何とかなるや。

幸い、荷物を預かってくれるセンターや郵便物を預かってくれる私書箱のようなものの存在を下調べして知っていたので、まずはそこへ足を運んだ。 住所を頼りに。
予め日本からそのセンターに送っておいた荷物の件など諸手続きをして、その日の宿を探しにダウンタウンをさ迷った。
北島はオークランド。風の街、ヨットの町。ちょうどアメリカス・カップ開催の年だった。

日本人はYHAを利用する人が多い。まぁまぁきれいで安全安心だから。
でも私は町のバックパッカーズのひとつで、ドミトリー(雑居部屋)ごとに鍵付のマンションタイプの宿を見つけてそこに1週間ぐらい居た。
割と安全で、男女別で、きれいだった。
同室の人たちも気の良い人たちばかりで、私向けにゆっくり話してくれたりもした。
HOTすら聞き取れない自分に泣きたくなった夜だった。

NZに旅行に来ているバックパッカーはイギリス人やコリアンが多かった。勿論日本人も。
イギリスからは日本(関空)経由できたって人もいて、日本のコインをくれたりした。

1年間でいろんな人に会えた。
イギリス、コリア、ドイツ、イスラエル、オランダ、インド、チェコ、フランス・・・各国からの旅行者。
勿論日本人も。
タイからの移住者もいた。
そしてそこに住むキウイたち。
キウイといっても、かの国は人種の坩堝。
先住民族であるマオリ(全人口の約1割)や、ヨーロッパ系、インド系、華僑とさまざまだ。
だから外見だけで旅行者と判断されることは、まずない。
早口なキウイ・イングリッシュで話しかけてくるから慌てる。
(バックパッカーズは旅行者のたまり場だから、そんなことないけど)

私が住んでいたノースアイランド三郎は、マオリ人口の95%が住んでいる。
南とはたぶん雰囲気が違う。
南島に旅行に行ったときも、雰囲気の違いに驚いたもの。南のほうが上品なきれいさ。
私は愛着もあって北のワイルドさの方が好きだけど。

まぁあれだ。マオリの歴史を言い始めると難しい話になるから、それはやめとく。
マオリとイギリス系では発音にものすごい違いがある。
マオリの発音は日本人には聞きやすいもの。カタカナっぽい。ハッキリしている。

例えば「Keri Keri」(地名)。

イギリス系・・・ きぃえれい きぃえれい 
マオリ   ・・・ ケーリ ケーリ

こんな感じに違う。

そんなマオリだけど、本来はマオリの言葉を話していた。当たり前だが。
でも今はマオリを話せるマオリは珍しくなってきた。
マオリの言葉を教えている先生が、そう言ってた。
流暢に話せるのは成人マオリの9%という調査結果(2001年調べ)もある。
ほとんどが50代以上の中高年で、若者は喋れない率が高い。
現在ではこの数字も下がっている可能性が高い。

その先生もまだ20代の女性だったけど、自分も教わって喋れるようになったから
受け継いでいきたい、と語っていた。

人と出会って分かれて、たまに再会して。
そういうのが本当に楽しかった。
この1年間が終わったとき、貯金はスッカラカンになったけど、行って良かったなぁって心底思う。
現地で仕事がなくなってきたときは赤貧状態だったけど、
宿の仲間がご飯食べさせてくれたりしたお陰でお腹と心は満たされていたよ。

なんのオチもなく、今日はこの辺で終わり。
マオリ文化、マオリ芸術の素敵さは写真がないと伝えられないよなぁ。
いや写真でも伝わらないものかもなぁ。

来月頃、当時の写真入でキウイ話が出来るかもしれないよ。
Kia ora Kia ora!
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by neko-dama | 2008-06-06 17:58 | キウイ