日々の身繕いでイツノマニカ体内に生成される毛玉のハナシ


by neko-dama
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しばらく見ないうちに。

エキサイトブログ、しばらく更新してないうちに投稿画面がだいぶ変わってた。

あと、1つ目のエントリに広告が入り込んでる!
これはもしかしたら更新したら消えたりするので?
エキサイトの良いところは広告なし&シンプルさ。
なのにな。
→更新しても広告が消えません(´;ω;`) なんで?

今はラブクラフトの『闇に囁くもの』を読み途中です。
なかなか昼日中から読めなくて、すすまない、すすまない。

猫のなつめさんは、暑くなってきたのでもう一緒に布団で寝てくれません。
そのかわり枕の上に陣取って、毛むくじゃらの体を顔に押しつけてきます。
鼻がむずむずする。
今朝なんか猫の腹のとこに私の顔がうまってて、猫が自らそういう姿勢とってるくせに、デコ蹴られた。
ガッガッって何度も蹴られた。
だから不自然な角度に首を曲げて寝るしかなかった。

あと、よく夫の人の背中で落ち着いてる。
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どかしたり、寝返り打たない限り、ずーっといる。
ていうか、寝てる。
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by neko-dama | 2010-06-08 15:08 | その日暮らし
"Percy Jackson and the Olympians Book Two: The Sea of Monsters"

著者:Rick Riordan リック・リオーダン
Miramax Books Hyperion paperbacks for children 2007/4/1発売
パーシー・ジャクソンのシリーズ第2弾。

って、いきなり第2弾からですが。
1作目『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 盗まれた雷撃』については、
映画化情報と併せて映画館ブログの方に書きました。
『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 盗まれた雷撃』予告編第2弾
映画の感想は⇒パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 【現代の ギリシャの神々 何しとう】

さてさて。
タイトルに使ったのは邦訳版の題名。
私が読んだのは原書の方。だって対象年齢9~12歳だっていうから。
ハリポタ同様に、難しい文法や単語を知らなくても大丈夫!
平易な文章なので英語の勉強には良いと思う。

現代アメリカを舞台に繰り広げられるギリシャ神話の神々とその子供達の冒険。
1作目は単純過ぎた感じがあって、子供向けだにゃ~って思ったんだけど。
まあ今回もモンスターの甘い罠にかかるパターンが踏襲されてたりのするのは子供向け。
でも1作目よりずっと面白かったよ!

イアソンのアルゴノートの探検(黄金の羊毛を探求)を下敷きにしたストーリーは親しみがあって楽しい!
他にもゼウスの息子タンタロスの、永遠に飢えと渇きに苦しむエピソードが出てきたり。
目と歯を3人で1つしか持っていない老婆3姉妹グライアイや、
オデュッセウスが出会った特大サイズのキュクロプス―ポリュペモス、
セイレーンやカリュブディス、スキュラ、ヒッポカンプ、ヒュドラなどのモンスターが盛り沢山に出てくるのもわくわくする。
ついでに、ペルセウスに助けられたアンドロメダーが船の舳先に石化した姿で据えられていたり、
魔女キルケーに出会って大変な目に遭うのも面白かった。

ちなみにイアソンは英語でJason、ジェイソンだ!
あとね、人間界でパーシーが通っていた学校の校長先生の名前がMr. Bonsaiでした。
盆栽?なんでだ?
邦訳でどうなってたのかが気になるところです。教えてプリーズ!

友情を深め合っては、別れていく子供達。
神を親に持った孤独感と、親になった神のジレンマ。
パーシーがどんどん成長していくのがわかって、次回作が楽しみになった。
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by neko-dama | 2009-10-11 18:27 | 猫の図書館/美術館
『不透明な時代を見抜く統計思考力』

著者:神永正博
ディスカヴァー・トゥエンティワン 2009年4月15日第1刷発行/2009年5月10日第2刷発行
統計、データを読み解く基礎力についての本。

基礎編、中級編、上級編の3章から成る、統計の読み方を初心者にわかりやすく説明した本。

私はマーケティング・リサーチの仕事をやっていたので、この本に書かれていることは既知。
統計やデータを仕事にしてる人にはあんまり意味のない本です。

ですけども、普通の大学生やサラリーマンの方々、統計って何さ?アンケートってただ質問するだけでしょ?と思っている方々には非常に役立つ本ですよ。
難しい数式はほとんどナシ!これは考え方についての本です。

常々、雑誌やTVや広告で使われるデータ(円グラフや棒グラフやら)のいい加減さに辟易している私。
ああいうエセ・グラフを鵜呑みにする人がいると思うと、苦い気持ちでいっぱいになるもの。
だから、みんなコレを読んで一緒にエセ・グラフにツッコミいれよう!

つまり、サンプル数が明らかに少ないとか、
特定の年代だけを対象にしたアンケート結果を一般化してたり、
酷いのは縦軸一目盛りの高さを大きくとって、一見差があるように見せかけたり、
時代背景や社会事情を考慮にいれてなかったり、
物価指数を考慮にいれてなかったり、
母集団と性年代別比率が違いすぎたり・・・。

といった様々なダメ・データのダメ・解釈が、この世に存在するということ。
それを知ってほしい!

数字はいかようにでも解釈できるのです。
だから、自分で同じその数字を見て、自分なりに読み込むことが大事なんです。
数字ひとつ、データひとつでは、何も言うことなどできないのです。
一つの結果と裏付けのバックデータ、社会背景や人間心理、そういった諸々を考え合わせて初めてひとつの仮説を主張できるのです。

この本はそういった統計・データについての考え方を実際のデータを用いて、解釈を加えながら説明しています。
私みたいに感情的に訴えるものではありませんのでご安心を。
ただ、本にも書いてある通り、本書でのデータ解釈は一例であって、その仮説たちは正しいとも間違っているとも言えません。
そのあたりは読みながらツッコミ入れたり、自分ならどう解釈するかを考えながら読むと良いと思います。

私がデータを見るときは、まずどのように集められたデータかを確認するところから始めます。
・サンプル数は充分か?
 (最低でも60、多ければ多いほど信頼できる)

・対象者の性年代別構成比、属性などが母集団とかけ離れていないか?
 (性年代別の割当数は?必要な年代が含まれている?地域や豊かさのレベルに偏りはない?)

・対象者はどんな人たちか?それは妥当か?
 (何かの読者、ネットユーザー、モニターなど特定の集団からの抽出ならそれを頭にいれて解釈する必要がある。例えばネット調査は一般に情報感度の高い人の集まりなので数字がゲタをはくことがよくある)

簡単に言えばこの3つです。

それを確認して初めてデータを読み込みます。
これが頭に入っていないと、読み違えることがあるからね。
サンプル数が20しかなかったら、信頼性は超低いので一般化できないし。
母集団の男女比が5:5のとき、対象者男女比が2:8だったら、GT(総計)データには男女差が反映されていないからモノによっては母集団とはかけ離れた数字になるだろうし。(この場合、男女別ブレイクしたデータを見るが吉)
ネット調査では中高年(50代以上)のネットユーザーが少ないので、偏ったり。

データを解釈するときは、そのデータがどのように集められたのか?を常に頭に置く必要があります。
これ大事!

みんなこれを読んで、エセ・データに騙されない大人になろうぜ!


余談ですが、こういった量的調査(数量データ)の他に質的調査なんてのがあります。
座談会やら、テキスト・マイニングやら。
それはサンプル数が少なかろうと構わない!
ある特性を持ったあるグループを質的に分析するから。
たとえば缶コーヒーを週に5回以上飲む人達とかね。
その場合、比較のために週1回しか飲まないグループも調べたり。
でもこの質的調査だけでは説得力に欠けることが多いので、量的調査のデータも併せて解釈するのが望ましい。
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by neko-dama | 2009-10-01 14:15 | 猫の図書館/美術館
『影響力の武器 [第2版] ―なぜ、人は動かされるのか』

原題:"Influence: Science and Practice, 4th edition"
著者:ロバート・B・チャルディーニ Robert B. Cialdini /社会行動研究会・訳
誠信書房 2007年8月31日第1刷発行/2008年10月20日第7刷発行
タイトルの通り、人がなぜイエスと言ってしまうかを社会心理学的に考察する本であり、その実例集。

 私の場合は心理学やマーケティングを既に学んでいたので、この本に書かれている原理に目新しいことは何一つなかったけど、実例は面白く読んだ。あまりにも説明の繰り返しが多く、同じ原理をいくつもの実例で示すのでちょっと、いやかなり飽きるけど。

 その内容は、承諾誘導の実践家(営業マンや勧誘など)に立ち向かうための、カラクリを知る書だ。私達がうまく丸め込まれて何か買わされたり、騙されたりしないように、チャルディーニさんの潜入調査の結果を読もう!というノリ。騙す側、騙してなくても買わせる側の手練手管を知っておこう。

 本書は、説得に効果的な6つの心理学的原理をつぶさに紹介している実例集として価値ある一冊。その原理とは以下に簡単に挙げるもの。

①返報性(何かしてもらったら、何かしてあげないと落ち着かない)
②一貫性(行動に一貫性を保とうとして、事前に引き出された言葉を守ろうとする)
③社会的証明(みんながやってることはきっと良いことだ)
④好意(好意を示されれば悪い気はしない。例え口だけでも)
⑤権威(肩書きの有無を言わさぬ説得力。医者は正しい!)
⑥希少性(手に入りにくいものは良いものだ)

この6つの原理に、導入、まとめが加わり、全部で8章構成となっている。

 文章は平易で読みやすく、実例なので身近で面白く、人に騙されないための対策まで書いてあって凄い。心理学やマーケティングにまったく不案内な人が読むには、とてもタメになる良書だと思います。ある程度知識のある人は、実例部分だけ飛ばし読みするのがオススメ。図書館にあったら、是非。
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by neko-dama | 2009-06-27 11:03 | 猫の図書館/美術館
『ラブリーボーン』

原題:"The Lovely Bones"
著者:アリス・シーボルド Alice Sebold 片山奈緒美・訳
アーティストハウスパブリッシャーズ 2003年5月26日初版
アメリカで2002年7月に刊行され、二ヶ月足らずでミリオンセラーを記録。

 素敵な骨。それはむくむくと形成され年月を重ねる。折れても、より太く強く蘇る。まるでそれは絆だ。生きた絆。肉体を持った絆。この本の語り部は最初から死んでいる。スージー・サーモン14歳。学校の帰り道に近道をして、とうもろこし畑で殺された。レイプされて、殺されて、バラバラにされて、捨てられた。

 序盤はただただショックだ。著者自身レイプの被害者であり、その体験やトラウマの克服を綴ったノンフィクション"Lucky"を発表している。小説としてはこの『ラブリーボーン』が処女作だ。そういった背景を知ると、なぜ残酷な出来事に対してこんなに力強く冷静な描写ができたのかが少しわかる気がする。

 著者の背景を抜きにしても、純粋に読み物として面白い。死んだ少女が天国から家族を見守る。スージーの死を境に崩壊する家庭、自分もあんな風に辿るはずだった妹の成長、幼い弟の思い、父の犯人に対する執念、母の疲れ。そして一度だけキスをした少年レイの成長も見守り、自分を殺したアイツの行く末も見守る。

 スノードームの中のひとりぼっちのペンギンと同じ。家族やレイと共に生きられず、自分だけ別の世界にいる切なさ。だけど父が「大丈夫だよ、スージー。ペンギンは楽しんでいるさ。素晴らしい世界にいるんだから。」と言ったのと同じ。天国は素晴らしい世界だ。生きている家族の喜びは自分にもこの上ない喜び。どうか私の死を乗り越えて。ただ、忘れないで欲しいだけ。

 遺された人達それぞれの思いが丁寧に描かれ、またそれを見つめる天国のスージーの複雑な気持ちも描かれる。人物がいちいち魅力的だ。終盤の展開で、驚くことにスージーにはちょっとした救いがあった。遺された者達も力強く前進していく。一度折れて強くなった絆を胸に。もっとむくむく育つための骨を抱えて。

 ひとつだけ残念なのが、訳文がしっくりこなかったこと。直訳調の文章が多々見受けられ、日本語としては解りづらい表現になってしまっていた。加えて、現在と回想の区別がつきづらい文章で混乱させられた。段落を分けずに改行だけで回想から現在に戻ったり、現在から回想に入ったり。おそらく原文では文章ごとに時制が違うから問題ないのだろうが、訳文では時制が曖昧な文章なので特に前半は読みづらさを感じた。なるべくなら原文で読んだ方が良さそう。

 ところで、これは絶賛映画化中。指輪三部作や『乙女の祈り』のピーター・ジャクソン監督。お父さんにマーク・ウォルバーグ、リンお婆ちゃんにスーザン・サランドン。下のリンクは英語だけど、綺麗なスチル写真が載っているので見てみてください。

映画化の画像⇒ピーター・ジャクソンの『ラブリーボーン』スチール公開


映画版の感想はコチラ⇒ラブリーボーン 【愛すべき 絆を強く 時間かけ】 (猫の毛玉 映画館)
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by neko-dama | 2009-06-04 16:22 | 猫の図書館/美術館
薔薇no.43 ロミオ
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(新宿御苑 2009/5/20)

シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』ですね。
シェイクスピアが好きで、学生時代に図書館の全集を片っ端から借りて読んでました。
おおロミオ、なぜに貴方はロミオなの?という有名な台詞に続くものが、
「名前を捨ててもロミオはロミオ。薔薇は薔薇。」というのがあります。
情熱的で若さ故のバカさをもったロミオにピッタリな、赤い小振りな花。
スイート・ジュリエットという薔薇もあるそうなので、ここは是非並べて植えて欲しかったところ。

薔薇no.44 ノーブル・アントニー
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(新宿御苑 2009/5/20)

これもシェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』から。
クレオパトラの夫であるアントニーは、シーザーにあれこれしてやられるわけです。
可哀想なアントニー。
ノーブル、高貴なイメージって紫よね。なぜか。

薔薇no.45 プリティ・ジェシカ
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(新宿御苑 2009/5/20)

これもまたシェークスピア。『ヴェニスの商人』に登場するシャイロックの娘。
ユダヤ人高利貸しのシャイロックが、キリスト教徒アントーニオにしてやられる話。
シャイロック可哀想って思う。借りた金はきちんと返せよ<アントーニオ。
シャイロックに必要なのは寛大な許しの心でしたけど。
 ※訳文が読めます⇒ヴェニスの商人 (SOGO_e-text_libraryより)

薔薇no.46 ワイフ・オブ・バス
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(新宿御苑 2009/5/20)

チョーサーの『カンタベリー物語』に出てくる語り部の一人、バースの夫人(バースから来た夫人)のこと。
まともに読んだことないんですけども『カンタベリー物語』。読みたいなぁ。よし!きちんと読もう!
岩波文庫が良いかしら?上中下巻。いや、これこそ図書館で借りるべき本か。
図書館、探すかなぁ。まだこの土地にあと2年ぐらいは住みそうだしな。

薔薇no.47 ジュード・ジ・オブスキュア
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(新宿御苑 2009/5/20)

1895年のトーマス・ハーディの小説『日蔭者・ジュード』“Jude the Obscure”のこと。
obscureは曖昧な、はっきりしないといった意味で、ジュードくんの存在そのものを表す言葉。
映画化作品『日蔭のふたり』は名作よ!見終わると救いがたい暗い気持ちになるけど。
ケイト・ウィンスレットとクリストファー・エクルストン主演。マイケル・ウインターボトム監督。
出産シーンとかすごいよ、本物ですかこれ?ウインターボトムならやりかねん!

薔薇no.48 インターナショナル・ヘラルド・トリビューン
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(新宿御苑 2009/5/20)

文学からは離れて、こちらは新聞。フランスに本拠地のある英字新聞ですな。
なんだって新聞の名前付けたんだか。何か大人の事情なのか?
花はマゼンダ色で小さくて可愛らしい。やっぱり薔薇はこうでなくちゃなぁ。
英語圏で可憐な少女を薔薇のようだと例えるけれど、そのときの薔薇は大輪咲きのものではなくて、こういう小さな花弁少なめでわらわら花を付けるタイプの薔薇のことだと思う。

薔薇no.49 マイン・ショーナー・ガルテン
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(新宿御苑 2009/5/20)

こちらはたぶん雑誌名。1972年から続くドイツのガーデンニング雑誌。
意味は"私の美しい庭”。
ドイツ語はやっぱりカッコイイ。
ガルテン!グルテン!トコロテン!


《薔薇図鑑》
第1回 やんごとなき薔薇たち。
第2回 俳優・著名人の薔薇たち。
第3回 女性名前の薔薇たち。
第4回 地名・場所の名前の薔薇たち。
⇒第5回 文学の薔薇たち。
第6回 美味しそうな薔薇たち。
第7回 金とボーイとレディな薔薇たち。
第8回 見た目まんまの薔薇たち。
第9回 縁起の良い薔薇たちとオマケ。
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by neko-dama | 2009-06-03 14:13 | 猫のお出かけ
『ポテト・スープが大好きな猫』

原題:"The cat who liked potato soup"
著者:テリー・ファリッシュ/ 絵=バリー・ルート/ 訳=村上春樹
講談社 2005年11月28日 第1刷発行
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 村上春樹がアメリカで見つけた絵本を気に入って翻訳したもの。絵の猫はたいして可愛らしいわけでもない。でもそれが良い。お話は淡々と、お爺さんと雌猫の距離感を描いていく。それぞれに好きに暮らしているようでいて、気づかないうちに相手を思いやっている。そんな暖かさを感じます。

 猫には猫の考え方があり、お爺さんにはお爺さんの考え方がある。人間同士なら、ちょっとしたすれ違いに悪意がないことは話せばわかってもらえるものだけど。そこは猫とお爺さん、行動で示すのですね。こんな風に人間同士でもやっていければ素敵。時には、話してもわかってもらえないことがあるから。そんなときは行動で。

 ふたりが再会したときに、猫が延々お喋りを続けるって描写がありました。これには笑ってしまいます。うちの猫も、私たち人間が旅行から帰宅した夜は延々大声で鳴き続けるからです。きっと文句を言ってるんだと思います。
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by neko-dama | 2009-05-25 16:01 | 猫の図書館/美術館
『ゲイルズバーグの春を愛す』

原題:"I love Galesburg in the springtime"
著者:ジャック・フィニイ Jack Finney 福島正実・訳
ハヤカワ文庫 2002年4月15日 17刷/1980年11月30日発行
表題作含め10篇のファンタジーを収録した短篇集。初出は1952~'62年の雑誌掲載。

 SF長編『盗まれた街』に続き、ジャック・フィニィを読んでみた。これは、まずタイトルに惹かれた。ゲイルズバーグ(Galesburg)という美しい響きの町、意味は“強い風の吹く町”といったところか。春の、強い風に吹かれるコートの裾や木々のざわめきなんかを想起させる。

 短篇集なので詳細は後述するが、総体的に懐古ロマンなファンタジーテイスト。古き善き時代への愛慕が1冊丸ごとから滲み出ている。『盗まれた街』と同様、とてもリアルな筆致なのが不思議な現象を際立たせ、また、アリもしない話に真実味を持たせる。端的に言って、良質な『世にも奇妙な物語』群だ。ただ、常に冷静で客観的な雰囲気を漂わせているので、老人の昔語りの独り言チックではある。「こんなことがあったんじゃ。不思議よのぅ。」という、それだけの話。そして私はそういう話が大好きだ。


■収録作品と感想メモ
・『ゲイルズバーグの春を愛す』 "I love Galesburg in the springtime"
 開発が進められようとする古い町ゲイルズバーグで起こる不思議。壊されたくない想念の成せる業なのか?現代とクロスする過去の記憶・亡霊はささやかに抵抗してみせる。古い町並みというのは、それだけで何か力を秘めているように感じることがある。あるでしょ?自分だけが過去に足を踏み入れたかのような錯覚、脈々と連なってきた人々の生活に思いを馳せるひととき。

・『悪の魔力』 "Love, your magic spell is everywhere"
 不思議なグッズを売ってる店に通う男の話。小エロ!小学生か!っていうアレ。単純に面白かった。これが'50年代に書かれた話かと思うと、人間て変わらないよなぁとニンマリする。ロマンチシズムでいったら男のロマンというか夢なんだろうけど、オチで冷水浴びせられる感じが気持ち良い。

・『クルーエット夫妻の家』 "Where the Cluetts are"
 これも表題作系の懐古ロマン。こちらは町ではなく家そのものが魔力を持っている。魔力といってもオドロオドロシ気なものではなく、ふんわり包み込む感じだ。そして、その影響下にいる人たちは幸せに暮らしている。この夫妻は新しい形のヒキコモリといって良いんじゃないかな。こんな風に現代の忙しなさから逃れて2人で暮らすのは、ある意味で理想なのかも。できないけれど、憧れる生活。

・『おい、こっちをむけ!』 "Hey, look at me!"
 風変わりな幽霊もの。じわっと恐怖感が広がる描写は秀逸。作家の悪気なさが浮世離れしていて、たまにこういう人いるよなぁって思った。自分の才能を育てるのに周囲の人が金を払うのが当然、て本気で心底思ってる人。それでも、この作家はどうにも憎めないところがあって不思議だ。

・『もう一人の大統領候補』 "A possible candidate for the presidency"
 いささか意地悪な目線の、虎を眠らせた子供の話。人の注意を惹くのがうまい人ってのもいるわけで。政治家なんか裏で何をしてようと“巧い見せかけ”さえあれば票を集められたりする。そんな皮肉がこもっているんだろう。ひいては、金儲けというもののカラクリに対する興ざめ感なのかもしれない。

・『独房ファンタジア』 "Prison legend"
 いかにも『世にも奇妙な物語』テイストの死刑囚の話。決してあり得ないファンタジーが感動的。全体にそうだけど、ここでも真実や合理的な説明などほっぽった、あるがままを受け容れる雰囲気が心地よい。夢のような美しい一篇。

・『時に境界なし』 "Time has no boundaries"
 タイムトラベル・ファンタジー。こちらも懐古ロマン的ながらミステリ風味の面白さ。話の構成が巧いので、満足感の高い短篇になっていると思う。シェイクスピアやレ・ミゼラブルが引用されているのも楽しい。

・『大胆不敵な気球乗り』 "The intrepid aeronaut"
 軽やかで爽快な、気球を作って飛んでみた男の話。リアルさがまったくない、夢のようなファンタジー。ラストの日常感と、秘め事に笑む男の愉快さが、弾むような楽しい気持ちにしてくれる。やや冗長ながら洒落た作品。こんな逃避行動してみたい!銀河ヒッチハイク・ガイドの『さようなら、いままで魚をありがとう』で描かれた二人で空を飛ぶ件(くだり)を思い出した。あれをもっとロマンチックに純粋にした感じ。

・『コイン・コレクション』 "The coin collector"
 多次元世界もの。ストーリーは下世話な感じがしなくもないが、こんなことがあったら面白いだろうなぁ。でもこれって逃避の繰り返しじゃない?この世界からあの世界へとスイッチし続けてイイトコ取りな生き方。だがしかし、それを敢えて肯定し、人としての“正しい”生き方に立ち返らないところが面白さ。面白味のない現実への抵抗というか、せめてこういう夢ぐらい見たいや。っていう。

・『愛の手紙』 "The love letter"
 時を超えた愛の物語。懐古ロマンな『イルマーレ』。なんかもう全面的に過去に生きている人だ。ほろ苦い甘さの中に生きていると言っても良い。美しく頑なな逃避。愛ってなんじゃろか?と考えたくなる、そんな短篇だった。
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by neko-dama | 2009-04-27 18:26 | 猫の図書館/美術館

『盗まれた街』読んだ。

『盗まれた街』

原題:"The body snatchers"
著者:ジャック・フィニイ Jack Finney 福島正実・訳
ハヤカワ文庫 2007年9月20日印刷 2007年9月25日発行
※1979年3月刊行のものの新装版

1955年に発表されたSFサスペンス小説。現在までに4度映画化されている。

『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956年)
『SF/ボディ・スナッチャー』(1978年)
『ボディ・スナッチャーズ』(1993年)
『インベージョン』(2007年)


 映画は2作目と4作目はしっかり記憶に残ってます。が、1作目は未見、3作目は記憶があやふやな有様。2作目(78年版)は結構原作の雰囲気に忠実でした。映像と音楽の効果が不気味さを醸してて良かったですよ。ただ、結末はまったく違っていて、そこは原作の方が好きでした。

 ジャック・フィニイの本を読んだの、初めてでした。緻密で、不思議で、不気味で、SFでありながらとても懐かしくて身近な雰囲気が漂う。これはすごい作家さんだ。他の著作も徐々に読んでいこうと思います。

 宇宙を旅する豆サヤ。たどり着いた惑星の生物を完コピしちゃう特殊な生命力。次々と着実に豆サヤは人間に変わっていく。ひとつの町が終わったら、次は隣の町をいくつか。そうやって勢力を拡大していく。

 豆サヤのイメージはとてもアナログで身近で、でもそれが未知の恐怖で。そんな夢みたいな感覚。それはちょうどこの話の中で、周りのよく知った人々が記憶も仕草もそのままに別人になってしまった違和感、居心地の悪さと通じるもの。

 小説自体は古いけれど、人間て感情がなかったら平和なんじゃね?的なテーゼとアンチテーゼの葛藤は今に通じるものですね。主人公達も葛藤します。「今の私と何も変わらないなら、豆サヤ人になっても良いのでは?闘うことは無意味では?」、「彼らに感情、情熱がなくなっていることに気づいたか?」「それではあなたを愛する気持ちはなくなってしまうの?」といった感じに。愛情がなくなることから派生してある疑問も浮かびます。「生殖は可能なのか?」

 今もどこかで説明の付かない不思議な出来事が起こっているかも知れない。誰も信じようとしないような素っ頓狂な現実が、あるのかもしれない。そんな余韻の残る、そして豆サヤの群れが飛行する様が目に見えるような、感慨深いラストでした。

 さすがに4度も映画化されるだけあって、着想の奇抜さを日常に落とし込んだ感じが素晴らしいSFホラー小説でした。ただ、訳文が古いままでの新装版だったので残念。新訳版が出ていたら、そっちを選んだ方が良いです。日本語、ところどころ、ちょと、違和感アルヨ。
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by neko-dama | 2009-01-27 17:53 | 猫の図書館/美術館
『ほとんど無害』

原題:"Mostly Harmless"
著者:ダグラス・アダムスDouglas Adams 安原和見・訳
河出文庫 初版印刷2006年8月10日 (初版発行2006年8月20日)

1作目の感想⇒『銀河ヒッチハイク・ガイド』読んだ。
2作目の感想⇒『宇宙の果てのレストラン』読んだ。
3作目の感想⇒『宇宙クリケット大戦争』読んだ。
4作目の感想⇒『さようなら、いままで魚をありがとう』読んだ。

 ついにシリーズ最終巻を読了してしまった。年内に読むと断言したとおり、ちょうど大晦日の夕方にギリチョン読了でしたよ。なかなか読み進めなかった理由は、最終巻の勿体無さだけではなく、全体的に暗いムードだから。もう悲壮感漂ってるわけ。前作があんなに感動的に幕を閉じたのに、なんだろうこの圧倒的な虚無感は。

 本作ラストは、シリーズ全体が丸く収まった、というか、収まるべきところに収まった感じで唸りました。感嘆。それでいてやっぱりいや増す虚無感。今までも虚無感というのは1本筋が通っていたけれど、このラストの虚無感はレベルが違うのだ。ぶっちゃけ、驚いたわ。

 とはいえ、勿論笑い部分もしっかりあるんです。冒頭から「カチッ、ブーン」という言葉だけで笑っちゃいましたお。それに相変わらず、かみ合わないトンチンカン会話の繰り返しにも大笑い。トリリアンとホテルの受付のやり取りが秀逸過ぎました。それにやけに地球的な異星人とか。フォードのひとりドタバタとか。

 ただ、5作目にして最終巻のこの物語には憂鬱ロボのマービンが出てこない。二つの頭も持つ男ゼイフォードもほとんど出てこない。そして前作でラヴラヴ状態になったフェンチャーチも登場しない。そのあたりが寂しい。最終巻なのにさ。

 読んでいる間中、4巻での出来事は一体なんだったのよ?とわけがわかりませんでした。イルカたちが置き換えた地球のことはどうなったのだ?そこらへんにどうもムズムズと違和感を覚えて落ち着かない。

 宇宙は「ありとあらゆる全般的ぐちゃぐちゃ」であって、見え方は観る者次第だ、とパラレル・ユニバースな説明はされるけれど。でも私たちが知っているアーサーやトリリアンが「地球はもうない」というのは何故なのか?破壊されたことになっているのはどういうことだ?それに、フェンチャーチが存在してはいけなかった必然性もないように思う。4巻での出来事を否定しているように感じたよ。 

 これで「ほとんど無害」の言葉で表される惑星・地球の物語は終わった。ラストでアーサーとフォードが向かう運命の場所は「42号のとこ」。人生、宇宙、すべての答え=42なのだ。それは、いまや誰でも得ることの出来る答え。グーグル先生に「人生、宇宙、すべての答え」もしくは「生命、宇宙、その他もろもろの回答」をきいてみると、一瞬で「42」と答えてくれる。
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by neko-dama | 2009-01-06 02:24 | 猫の図書館/美術館